大学4年生の8月に開催された「第6回てんしき杯学生トーナメント」では、全国から大学生100名以上が出場。写真は、予選トーナメントで『近日息子』という古典落語を披露しているときの様子。
小学生で演歌や浪曲が好きになり、中学生で落語の世界を知る
なぜ、落語が好きになったのか、とよく聞かれるのですが、落語だけじゃなく浪曲や歌舞伎、浄瑠璃など古典芸能というものすべてが好きなんです。小学生のころから浪曲師の三波春夫さんとか演歌とか昭和歌謡が好きで、テレビで歌謡ショーを見るほど。はっきり覚えてはいないのですが、おそらく両親が見ていたのをきっかけに演歌や浪曲が好きになったんだと思います。
落語との出合いは、中学1年生か2年生のころ。図書室の先生が、僕が古典芸能を好きだと知り、『桂米朝(かつらべいちょう)上方落語大全集』の前半1~10巻のDVDを置いてくださったんです。そのDVDが、初めて見た本格的な落語。すっかり落語に夢中になってしまい、図書室のDVDだけでは足りず、レンタル店に行き落語のDVDやCDなど片っ端から借りるように。通学途中や寝る前など、みんなが音楽を聞くように僕は落語を聞きました。
最初は、ただ聞くだけで面白い落語も、次第に落語家によって違いや特徴がわかるようになってくるんです。特に、江戸や明治に作られた「古典落語」はいろいろな噺家(はなしか。落語家の別称)さんが演じられていましたが、この噺家さんはこんな言い回し、この語り方はあの人や、って聞くだけでわかるようになりました。
高校生の時には、携帯音楽プレーヤーに落語をダウンロードして聞きまくっていました。落語を聞きながら、漠然と自分も落語ができそうだと思い、大学入学と同時に自然な流れで大学の落語研究会(略称「落研」)に入部。京都産業大学の落研はかつて、笑福亭鶴瓶師匠が在席していた名門なのですが、特にそれを希望して大学に入ったわけではありません。ただ、自宅から近いという理由で選んだだけだったんです。それでも落研で落語に磨きをかけられると期待していたのですが、12~13人いる部員はみんな漫才をしたい人ばかり。落語が衰退した落研で、「桂米朝って、だれ?」というような具合で、唯一、2学年上の女性の先輩だけが落語も好きだという状況。その先輩に、笑福亭鶴瓶さんも名乗っていた「童亭」という伝統ある名前に、「自由に独り歩きしてほしい」という意味で「独歩」を与えてもらい、「童亭独歩」という芸名をつけてもらいました。
週2回の落研の活動で、ほかの部員が漫才をやる中で一人だけ落語の練習。そして、1年生の8月に、「てんしき杯学生トーナメント」に出場しました。この大会は、落語の元祖と言われる安楽庵策伝(あんらくあんさくでん)和尚の出身地である岐阜で開催され、全国から集まった大学生約100名が話芸を競うもの。2日間開催され、初日は4ブロックに分かれて審査員による点数の上位2名が決勝トーナメントに進出。2日目は8人のトーナメントを勝ち抜いていくものです。他大学の学生は落研の中で切磋琢磨(せっさたくま)しているので、自分よりもはるかにうまい学生ばかり。それに比べ、自分は誰も指導してくれないし、すごく損をしているような気持ちに。結果は、惨敗でした。
ただ、その大会に出場したことで他大学の落語をやっている仲間と知り合い、老人ホームや地域の公民館、教会などさまざまな場所で行われる寄席イベントに誘われるようになりました。大学にも落語イベントの依頼が来ることもあり、月4~5回ぐらい落語を披露するように。どんな場所でもお客さまを相手にすることで、盛り上がりや逆に場がひいているなどを体で感じることができるので、舞台経験を積むことは大事だと思いました。
大学生になって落語をするだけでなく、実際の寄席を見に行き、生で落語を見に行く楽しさも覚えました。寄席の何がいいって、舞台と客席が一体になる瞬間がたまらないんです。そこにいる人すべてが、うわっと盛り上がって沸き上がる瞬間がある。スポーツ観戦などでも同じようなことがあるかもしれませんが、それを落語家一人が作り出している。しかも落語という芸で場を一体化させると考えただけで、何とも言えない感情がこみ上げてくるんです。実際の寄席や劇場の雰囲気というか、空気感みたいなものを感じては、自分の落語に取り入れたいと思いました。
もともと古典芸能すべてが好きだったので、落語だけでなく歌舞伎や人形浄瑠璃、浪曲も見に行くようになりました。表現法は違いますが、古典芸能はかかわりがあり、通じる部分が大いにあるのです。声を使って表現する話芸であることは大前提、同じ物語をテーマにしたものだったり、登場する人物に共通するものがあったり。例えば、歌舞伎で『封印切』という、だらしない若旦那の話があります。落語の『たちぎれ線香』でも若旦那が登場するのですが、子どものような若旦那の考えや振る舞いが似ているし、歌舞伎を見ることで、主人公はこういう心情なんだと参考になりました。
大会で優勝することよりも、落語を純粋に楽しみたい
大学2年になり、再び「てんしき杯学生トーナメント」に挑戦することに。中学生から落語を聞きまくっていたので、古典落語はほとんど頭に入っているものの、立て板に水を流すように話を繰り広げるために1カ月ぐらい前から準備。内容をすべて紙に書いて正しく覚え、実際に話したものを録音し、それを聞いて改善点を見つける、ということを繰り返しました。
そして、大会当日。初日を勝ち抜き、決勝へ。決勝トーナメントでは『子ほめ』『青菜』『みかん屋』の3つの古典落語で勝負しました。とはいえ、絶対優勝したいと力んでいたわけではなく、落語が楽しいからやるという感じ。それが良かったのか、優勝することができました。
それ以降もあちこちで舞台にのぼったんですが、なぜか、なんでウケているんだろうと冷静に考える自分がいたんです。波に乗っているというのか、行くとこ行くとこでドカンとウケる。これは調子いいぞと思ったら、その次はものすごくスベる。その差が激しすぎて、どうしてなのかと考え込む日もありました。落語を楽しめない自分が嫌になったこともあり、1カ月ぐらい離れてみたのですが、やっぱり落語が好きで戻りました。ただ、大会に出て優勝することを目指すのではなく、落語を楽しもうと。評価されることよりも、いろいろな場所で落語を披露して笑ってもらうことを大切にしようとも思いました。なので、3年生では大会への出場を辞退。4年生も辞退するつもりだったのですが、主催者から誘われ、軽い気持ちで参加したら優勝してしまいました。
大学卒業を控え、落語の世界で生きていくことももちろん考えました。でも新しいことにも挑戦したいと思っています。もともと落語だけに興味を持っていたのではなく、古典芸能すべてに興味を持ってたので、どんな形であっても好きなことに携っていきたいです。
落語を聞くのが好き。寄席の雰囲気が好き。落語だけでなく、古典芸能すべてが好き。僕は好きなことしかやってこなかったんです。そして、これからも好きな道へと進んでいくでしょう。好きという気持ちこそ、その道を究める原動力だと思います。
池上さんに10の質問
Q1.好きな食べ物、嫌いな食べ物は?
カレーが大好きです。苦手なものは、酢の物です。
Q2.好きな異性のタイプは?
古風な感じの方で、着物が似合う女性。
Q3.好きな歌手は?
演歌歌手の中村美津子さん。
Q4.好きな映画は?
2007年に公開されたアメリカ映画『ダージリン急行』と、1959年公開の日本映画『浮草』。
Q5.好きな言葉は?
古い芝居や映画を歌謡曲に生まれ変わらせ、息吹を注ぐ中村美津子さんの歌はすべて好きです。その中でも一番好きな『瞼(まぶた)の母』という歌のメインフレーズ「軒下三寸借り受けまして申し上げますおっかさん」という言葉が、何とも言えず好きなんです。
Q6.大切にしている宝物は?
「大垣屋善太夫(おおがきやぜんだゆう)」の襲名披露として、3月5日に落語の独演会を開催。その時のチラシ用写真で、ずっとやってみたかった白塗りの扮装をしたプロマイドを撮影。襲名披露の名前は、自分で考えたものです。
Q7.たびたび訪れる場所は?
滋賀県大津市にある「大津百町館」という古い町家。ここで年に4、5回は寄席をさせてもらいます。3月5日の独演会もここで行いました。
Q8.座右の銘は?
「継続は力なり」です。
Q9.最近、気になっていることは?
2016年の芥川賞を受賞した滝口悠生(たきぐちゆうしょう)さんの作品が好きで、今後の作品に注目しています。
Q10.落語以外の趣味は?
読書。浪曲、歌舞伎、文楽など日本の伝統芸能を見るのも好きです。
一日のスケジュール

取材・文/森下裕美子 撮影/笹木 淳