2014年4月に韓国で行われた「CODEGATE Junior CTF」の決勝に参加した時のひとコマ。CTFとは「キャプチャー・ザ・フラッグ」の略で、コンピュータセキュリティ技術を競う競技。矢倉さんは国内だけでなく国外のCTFやプログラミングの大会でも、数々の実績を残している。
“無から世界を生み出せる”プログラミングに魅了された中学時代
小さいころからパソコンが好きだったわけでは全然ないんです。家にパソコンはあったんですが、中学に上がるまでは自分から進んで触るようなことはまずありませんでした。ただ、体験教室をきっかけに電子工作には興味を持っていて、そこから転じて独学でアマチュア無線の免許を取ったりするなど、凝り性な性質はこのころから健在でした。
僕がプログラミングの世界に足を踏み入れたのは、中学生になってから。特に入りたい部活があったわけでもなく、なんとなくパソコン部に入部したんです。勧誘されたわけでもないし、パソコンに興味があったわけでもないので、自分でも理由はよくわからないのですが…ただ、学校の中で最も古い校舎の4階に部室があって、戦後間もないころに作られた部屋にパソコンがずらっと並んでいる様子に、なんだか妙に趣深さを感じたことはうっすらと覚えています。
入部してからは先輩の指導の下、ゼロからプログラミングを学びました。最初は何の知識も経験もなかったので、簡単なコードを打ってパソコンの画面に文字を表示させるような、本当に初歩的なところからのスタートだったんです。そこから少しずつスキルを身につけていくうちに、どんどんプログラミングの魅力に取りつかれていきました。それまで好きだった電子工作は、材料がないと作りたいものが作れません。対して、プログラミングは材料なんてなくても、スキルさえあれば自分が思ったものをなんでも作れてしまうんです。無の状態から複雑な世界を創造できる“全能感”を、僕はプログラミングを通して感じていました。
プログラミングを覚えていくのと並行して、パソコンの組み立て方も勉強していきました。そこから最も基本的なソフトウェアであるOS(オペレーティングシステム)の仕組みに興味を持つようになり、「今使っているパソコンがどんなメカニズムで機能しているのか」ということを知るために、プログラミングの勉強をいっそう熱心にするようになったんです。部活では基礎的なレクチャーを最初にしてもらえるだけで、後はほとんど独学で進めていかなければならないのですが、壁にぶつかったとき周りに頼れる先輩や仲間がいたことは大きな支えになりましたね。
大きな転機となったのは、中学2年の時に参加したIPA(独立行政法人情報処理推進機構)主催の「セキュリティ・キャンプ」です。情報セキュリティについて本格的に学びたいという意欲のある22歳以下の学生・生徒が参加できるプログラムで、5日間泊まりこみで講義と課題をこなしていきます。このキャンプを通して、それまで部活外であまり人と接点を持たなかった僕の世界は、大きく切り開かれたんです。当たり前なんですが、そのキャンプには全国から優秀な人たちが集まっていて、自分が今まで気づきもしなかった数多くの視点や論点に触れることができました。これを機に「もっと外部との接点を多くして、すごい人たちの思考を吸収していこう」と思うようになり、積極的にプログラミングの大会やコンテストなどに参加するようになったんです。
このキャンプではもう一つ、外部での活動が増えるきっかけとなることがありました。キャンプ中の自由課題で、僕は「Linux kernel(リナックス・カーネル)」というOSの基本機能を司るソフトウェアの不具合を見つけ、その解決策を研究して発表したんです。それをのちのち「Linux kernel」の開発チームにメールで報告したら、その修正案が採択されることに!「Linux kernel」は世界中の人たちに使われているプログラムなので、それに対して自分が貢献できたことはとてもうれしかったですし、このことが国内でも評価されて大きな賞を最年少で頂いたり、メディアの取材を受けるようになったりして、少しずつ自分の活動に自信が持てるようになりました。
その後は、いかに早く正しいプログラムを作れるかを競う「競技プログラミング」の大会に出場したり、外部で行われているコンピュータ関連の勉強会に参加したりと、ますますプログラミングの世界に没頭していきました。また、それと並行して“競技プログラミングのための学習ソフトウェア”の製作にも取り組んでいます。これは、中学3年の時にIPAの「未踏IT人材発掘・育成事業」にクリエーターとして参加させてもらったのをきっかけに、開発資金を援助してもらいながら進めてきたプロジェクトなんです。自分の作りたいものが社会に認められて予算がついたことで、それまでは趣味として捉えていた部分が強かったプログラミングがぐっと仕事に近づき、はっきりと「一段上のステージに上ったんだな」と感じました。責任は格段に重くなりましたが、やりがいがあってとても楽しいです。
人と違うことをするコツは「“脱線”すること」
将来やりたいこと…近い目標としては、ITの技術で“人と人との物理的な距離を縮める”ことに興味を持っています。例えば、今ってインターネットで生放送の動画配信が当たり前のようにできますよね。それ自体も人と人との距離をぐっと近づけているのですが、僕はそこにリアルタイムで流れるコメント機能にすごさを感じていて。あれって、ただ単に動画の感想を述べるだけでなく、その動画を見ている観客同士のコミュニケーションの手段にもなっているんです。それまでは「演者と個々の観客」という二者の関係性でしか考えられていなかったところを「観客と観客」の関係性に着目したことによって、大勢の人同士の距離感を縮めコンテンツを大いに盛り上げる結果となっているんですよね。そんなふうに、ちょっとした視点の転換と技術によって、ときには現実以上に人同士がつながれるような瞬間を演出できたら…と考えています。
そして、まだまだ先の展望ですが長期的な目標としては、いつか“人工知能の開発”に携わりたいと思っています。ただ“人間の代替”としてその完成を目指すのではなく、作り上げた人工知能と生身の人間を対比させることで、これまで認識されてこなかった「人間らしさ」を発見したいんです。「人間らしさ」って言葉で言うのは簡単ですが、実際に「人間らしさとは?」と正確に定義しようとすると、それってとても難しいことだと感じていて。人工知能を発達させることで、「人間がより人間らしくいられる世の中」になるといいなと思っています。
IT関連の勉強会などでプレゼンをすると、「中学からプログラミングを始めた」ということに驚かれることが少なくありません。「もっと早い段階から…なんなら、物心ついたころからパソコンに慣れ親しんでいたのかと思ってました」と言われることも。現に、IT業界で名前が知られている若手の方々には、小学校低学年くらいのころからプログラミングを始めていたという人も多いです。
ただ、僕は必ずしも“スタートの早さ”が成功の必要条件ではないと考えています。僕も初めは「もっと早くからプログラミングをやっていればよかったな」と経験豊富な他人をうらやましく思うこともありました。しかし、今の自分が少しばかり“他人と違う視点”でものを作れているのは、これまでにプログラミング以外で培ってきた経験があってこそなんです。僕のケースだと、小学生の時に母がいろいろな課外活動や体験学習に連れ出してくれた。農業体験、能楽、落語など、ジャンルに関係なくさまざまな世界をのぞいてきました。あと、図書室の本を好みにかかわらず片っ端から読んでいたのも、今考えると貴重な経験でしたね。そうして広がった視野がなければ、今の自分はなかったと思います。
大切なのは“スタートの早さ”ではなく、“それまでの経験を生かすこと”です。人の経験は唯一無二ですから、それを生かすことで必ずオリジナリティが生まれてきます。オリジナリティは必ず他人から評価され、自分の取り組みに自信が持て、それがさらなるモチベーションにつながる。そこからもっと独自性のあふれるアイデアが生まれ…一度このループに入ってしまえば、もう楽しくてしょうがなくなって、抜けられなくなってしまいますよ(笑)。
“人と違うことを考える”というと難しく捉えられがちですが、実はそうでもないんです。ゼロから何かを生み出すこと、最先端に到達することばかりが、独自性ではありません。先頭を走らなくても、みんなが走っている方向から少し“脱線”するだけで、それは立派なオリジナリティです。
何に対しても疑問を持って、すぐに検索せず自分で考える習慣をつければ、こうした“脱線”の道筋は無数に見えてくるはず。自分が“脱線”して進んだ経路に後から続く人が増えれば、それが未来のよりよい“王道”になることだってあるかもしれません。そんな素敵な“脱線”を、僕はこれからもし続けていきたいです。
矢倉さんに10の質問
Q1.好きな異性のタイプは?
プログラミングや情報技術の話に興味を持ってくれる人。自分の好きなことを少しでも共有できるといいなと思っています。あとは、自分が理屈っぽい人間なので、そういう面倒なところも許容してくれたらありがたいです(笑)。
Q2.好きな食べ物は?
アユの塩焼きと焼き鳥。パソコンのパーツを買うときによく日本橋(大阪市)に行くんですが、近くに「黒門市場」というエリアがあって、そこでアユの塩焼きを買って食べるのが好きなんです。
Q3.好きな映像作品は?
磯光雄さん原作・監督の『電脳コイル』。2007年に放送されていたアニメで、「AR(拡張現実)」が浸透した近未来が舞台になっています。こうしたフィクションの世界って、本当に10年後、100年後の未来を映していると思うんです。人が想像した未来を、技術者たちが現実に変えていくんですよね。
Q4.好きな音楽は?
クラシックとアニメソング。クラシックはショパン、ブラームスが特に好きです。小学校に入る前からピアノをやっていたのですが、ショパンのメロディにはなぜか心踊らされるんですよね。
Q5.趣味は?
やっぱり一番はプログラミング。一旦集中すると、ぶっ通しで12時間くらいは平気でパソコンに向かっています。
Q6.宝物は?
仕事道具のパソコン。プログラミングをやるときは主にLinuxのデスクトップ、プレゼンの資料を作るときは、スライドなどが感覚的に美しく作成できるMac OSのノートPCを使用しています。
Q7.座右の銘は?
「人と違うことをやる」。まだほかの人がやってないことをやった方が、断然面白いと思うんです。ゼロからではなくて、誰かがやったことに少し工夫を凝らして、そこから脱線させるイメージで構想すると、意外と簡単に新しい視点が見えてくるんです。
Q8.最近気になっていることは?
「Oculus Rift(オキュラスリフト)」。バーチャルリアリティに特化したヘッドマウントディスプレイで、最近市場に出回り始めた商品です。ゴーグルのような形状で、被った状態で映像を流すと、視界全体に3D映像が広がるようになっています。まるでその場にいるかのような臨場感のある映像を楽しめるということで、夢が膨らむアイテムだなと感じています。
Q9.今一番行きたいところは?
北欧かドイツ。どちらもまだ行ったことがないんです。北欧は税金が高い代わりに福祉制度が充実している国が多く、そのシステムが街でどのように生かされているのか実際に見てみたいです。ドイツはもっと単純な興味があって、第2次世界大戦中の歴史をたどれるような場所を回ってみたいと思っています。
Q10.今、一番会いたい人物は?
声優の田村ゆかりさん。アニメを通じてファンになって、ときどきライブにも行ってます。会って何を話すかと聞かれると困るんですが(笑)…とにかく一度お会いしてみたいです!
一日のスケジュール

取材・文/西山武志 撮影/刑部友康